詩と哲学的エッセイ〜楽に生きるヒント〜

心から湧き出た詩から楽に生きるヒントを読み解きます。

いつからでも生まれ変われる。詩子の詩487

〜誕生〜

 

花びらが風に乗って舞う午後

私はふと彼女についていく

サヨナラは言わない

 

あなたが去ったその後を

追うように茂る新緑は

明日の朝露を浴びながら

背を伸ばすだろう

 

森の奥深く深呼吸をする為に

場所は空けておいて下さい。

 

積み重ねた私を消す為に

大地の中で呼吸する

とめどなく溢れる涙は止めないで

 

この季節に又

新しく茂る為に

 

いつでも生まれ変われる

今この時からでも

 

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昨日は復活祭でした。

桜の季節も終わり、新緑がどんどん茂ります。

季節の移り変わりの速さは私達に時の流れを教えてくれます。

咲いた桜に散らないで!と頼んでも

散り行く花びらに行かないで!と追いかけても

時は流れてゆきます。

 

例えば以前読んだ本の中身で感じた事は

大事にそこに取っておく必要はなく

新たに読んだ時に感じたことを過去の感じたことに捉われる事なく感じてあげる。

それが自然だし、健康的です。

 

流れに任せて行きましょう。

 

過去に習った事

過去に教わった事

過去に信じた事

 

普遍的なものはその中にはないでしょう。

 

桜の花びらにはサヨナラとと手を振って 

去年読んだ小説は又綺麗な白紙の心で読みましょう。

 

そこから新緑のようにどんどん芽吹いて茂るから。

日々を丁寧に生きる、今を生きる。詩子の詩486

〜大切な人〜

 

今日も朝起きて

毎日綴るルーティン

 

カーテンを開けて陽を浴びて

空におはようとあいさつさ

 

今度の休みは何をする?

頭の中はいつもholiday

 

足元の花には気づかずに

 

少し寂しそうな顔をして

走ってく僕を見て涙を流す君

何故だかわからない僕

同じ場所にいても違う景色見てる

 

 

今日もいつものように

1日の扉が開き

 

僕はいつものように

急いでページをめくるから

 

明日に向かっていく

心は今どこにある?

 

君の笑顔は今どこに?

 

手を伸ばしても届かない

場所に行かないでおくれよ

隣にいても寂しいと

涙を流さないでおくれ

 

小さい名もなき花

公園のパイプの色

春の風の匂い

君の笑顔の場所

気づけなかった涙のワケ

 

手を伸ばしても触れることが

出来ない寂しさは

毎日置き忘れた

忘れ物の中にある

 

今日も朝起きて

毎日綴るルーティン

 

明日の景色は

明日見るよ

 

だからお願い

この手を又…

 

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桜が満開です。

大好きな桜。

みんなが上を向いている。

みんなが上を向いて笑っている。

桜、ありがとう。

 

最近の私のテーマは

『丁寧に生きる』です。

 

一つ一つがあまりに雑だ。

スマホしながらご飯食べたり

何かをしながら何かをするのが当たり前になっていて、心は何個にも別れてしまってる気がする。

勿体無いというか、自分に申し訳ないような

ちょっと見直したい部分だと感じる。

 

今日の詩はそんな意を込めている。

『今ここ』にいなければ

そばにいても遠い存在に

遠くにいる人の姿だけを見る生活など

辛いだけである。

 

今ここにいない故、小さな幸せを見落とし

そして大切な人を悲しませる。

一つ一つを丁寧に生きれば

ありきたりの流れるような日々の中に

どれだけ多くの喜びと感動が隠れているのか。

そしてそれは、単一ではなく

倍音のように広がりを見せることだろう。

 

願いはいつか叶えよう 詩子の詩485

〜桜2nd〜

 

さようならと告げた

あの日はいつのこと?

 

1年前の桜の日

あなたは覚えていますか?

 

笑顔で会って2人花びら

目を瞑ってまた待ち望む

 

巡り巡る365日は

笑顔の数より涙の方が

多かったかもしれないね

全てを味わった私

あなたもそうだと信じてる

 

本当の事を言うよ

約束はいつか守る

 

何年先でも生まれ

変わってあなたと出逢いたい

 

その時きっとあなたと

言葉を交わさずとも分かる

 

巡り巡ったあなたと歩む

道はいつか又続く

それは地球が後何万回

回った後かそれとも違う

星に暮らす時なのか

夢をみながら待っててもいい?

 

その時が来たら又2人

あの大きな桜の木

花びらが舞うあの空を

手を繋いで眺めたい

手を繋いで眺めよう

 

 

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昨年の今頃『桜』と言う歌を書いた。

曲をつけてもらって素敵な歌になった。

たった一年なのにその時とは心境は変わっている。

人間とはそんなものだ。

でも、又昨年の今頃のような気持ちになる時も来るだろう。

日々は移り変わる。

心も移り変わる。

けれどそれがいい。

変わり続ける私達はとても面白い生き物だ。

 

もしかして、犬や猫も虫達ももしかして…

悩んだり変化したりしているのか?

いや、それはないかな笑

無駄?笑、なことをしないだろう。

彼らは生きる事に精一杯のエネルギーを費やしていると思うから。

 

今日は春分

今年はここからだと言う。

日々、年々

色んな事で心は揺れるしそして変わったり戻ったりすると思う。

これだけは思う。

どんな事でも自分の中に芽生えたものは否定したくない。

それが良い事悪い事、どうでも良い事

全てにおいて、私の中に芽生えたものの形跡は

私が認める。

それを赦してあげるのだ。

 

 

 

 

 

 

次の春分の日、何を破壊し何を再生しますか? 詩子の詩484

〜再生〜

 

繰り返し訪れる波

私に何かを言っていた

何があっても何もなくても

毎日当たり前のルーティン

 

波打ち際の小石が好きで

波達に弄ばれて

上を向いたり下を向いたり

浜辺で踊る踊る踊る

 

 

何も言わないでここに立つと

泣いてたあの子も泣き止んで

明日に向かって歩き出す

そうだね、ここはそういう場所

ただ、繰り返す波に削られた

小石は小さくなって輝きを増す

 

 

さぁ、明日に向かってと

そんなに元気がない事も

悩みがあっても何もなくても

毎日フラットでいたいよね

 

日々更新される私の細胞

この大きな海だって

怒号をあげたり無表情になったり

生まれ変わる生まれ変わる

 

何も心配しないでよと言って

泣いてたあの子の目を見たら

明日色の光で涙は虹色をしていた

苦しみは分け合わずただ再生を

待ち望む時人は輝き出す

 

西の空から鳥が来て

もしも息ができなくなっても

大丈夫だよ

波に削られた小石は小さくなって

輝きを増すから

 

そう言って東の空に消えた

 

 

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春が近づいて三寒四温に突入。

こんなに細々と書いている詩のブログにも読者がたまに増えてくれる。

そんな事だって嬉しいものです。

 

何かあったら何かしてあげたい

そう思うもの。

でも、何もしないことが一番だ。

相手の力を信じることが一番だ。

 

海の波は毎日同じ数打ちつけた。

限りなく石を転がして削った。

削られる石は抵抗などすることはない。

全て身を委ねている。

 

身を委ねることが超自然な事だから。

 

どれだけ削られても輝きが増すことを知っている

信じている。

 

弱音を吐くなとは言わない。

委ねた先に何があるのかそれを楽しみに

波に打ちつけられる事もあってもいいかも知れない。

 

私達は自然の中で揉まれて生きている。

停滞と破壊と再生を繰り返している。

 

破壊も必ず終わる。

その次は再生だ。

 

再生するんだ。

 

次の春分の日

何を破壊して何を再生しますか?

昨日までの私にさようなら。詩子の詩483

〜さようなら〜

 

流れゆく時の中で

一粒一粒が私の中に

溢れては流れていく

 

どんなに嘆いても

どんだけ行かないでと

叫んでも

 

昨日の私はさようなら

一瞬一瞬の記憶を

ポラロイドで納めても

否が応でも訪れる

更新の毎日

 


流れて流れて

追いかけて

流れて流れて

捕まらない

 

受け入れては

手放して

愛しても

執着しないで

 

この世の全ての

小さな粒の織りなす営みに

開いて閉じての繰り返し

 

銀河の星の瞬きに

劣らないほどの

命の流れの小船に乗って

 

いつでもゆらり

いつまでもゆらり

 

大好きなあの歌を口ずさみながら

 

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昨日、YouTube生物学者福岡伸一さんの話を聞いた。

動的平衡』という本を書いていらっしゃって

この動画は養老孟司さんと【生命】について話していらっしゃいます。

頭の言い方は話が上手でとても理解しやすくて

こういうお話を聞くのがとても心地良くワクワクしました。

https://youtu.be/o8yd-rGNFtA

興味のある方は是非聴いてみて下さいね。

 

その中で【生命】のお話なのですが

私達の命というのは流れている。そういう事を説明してくださっています。

私達の細胞は新陳代謝を繰り返し、日々新しく生まれ変わる。

でも、特殊な実験の結果、新しく体内に入れた物質はそのままそこにとどまり、代わりに元々自分の中にあったものが外へ出ていくそうです。その私達の出した古くなったものは他の生命の一部となりそして又その生命の中に入りなそれの一部となり又その要らなくなったものは他の生命の一部となるそしてそれが回り続ける。

だから、生命は流れているのだそうです。

それ自体が生命現象だそうです。

 

昨日までの自分とは少し違う。

全く同じ状態の自分ということはあり得ないということ。

 

私はこのようなお話を聞くと色んなイメージが広がる。

私達は粒で出来ているしそれをざらっと並べ

広げれば全体である。

全てと繋がっている。

 

【個】と思っているのは私達だけ

 

全ては繋がって平面に並んでいる。

こういう生物学的な話は、全てがスピリチュアルと言われるものの考えと同じだといつも感じるのです。

 

私達は長い時間のスパンで見れば個体ではなく流動的に流れるものであり、もっといえば気体のようなものらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを自分の一部としてみる。 詩子の詩482

〜収穫の日〜

 

頭の上の籠は

いつでも水平に

保ちながら歩く

 

今日は収穫の日

どうしてみんなは

上手に歩けるの?

 

前を真っ直ぐ見てね

姉さんは言う

頭の上の籠を押さえて

 

籠は私の一部

一部だから落ちないの

何かがあって

落とさないようにと

心配するほど落とすんだよ

 

姉さんは真っ直ぐ歩く

頭の上の籠には

収穫した作物が沢山

 

全ては一部

全ては一部

 

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デトックスという言葉をよく耳にした時期がある。

でもちょっと待って、もちろんそれは大切。

自分の中に自分じゃ無いものを入れるのは嫌だと思うし、不必要なものは入れないほうがいい。

 

けれど、まずその前に

この詩のような考え方もあるかもしれない。

どこかの国で頭の上に大きな籠をのせて

収穫をしているイメージで書いた詩。

 

頭の上にはどんどん作物が入り重くなるからバランスを崩す、そうすると中の作物は落ちてしまう。

笑顔で飄々と歩く様はそれをあたかも自分の一部にしているようだと感じた。

 

楽に生きる秘訣は

自分でないものが入ってくる際に

柔軟に先ず、一部にしてしまうということかも知れない。

否定的に身構えるより、悲しみや哀しみや乗り越えられそうもない感情も乗り越える必要はないと、YouTube宇多田ヒカルさんが言ってた。

その景色を自分の一部だと思えばいい。

ずっと変わらないものはなく、いずれその景色は変わる、その時が来るまでそれは自分の一部と思う。そう言ってたところが印象に残った。

それは俗にいう、受容だ。

受け入れるということだ。

 

頭にのせた籠も収穫が終わればその後は下ろすことになる。

のせている間、どれだけ自分の一部として歩いていけるかがポイントだ。

 

生き方が上手な人は日々そのように生きているのかも知れないね。

 

 

 

自分のベールは自分しか外せない。詩子の詩481

〜春は来る〜

 

どれだけ長いこと目を瞑って

生きていたのだろう

どれだけ長いこと耳を塞いで

ここにいたのだろう

 

世界が私をどれだけ

愛しても私の耳には届かなかった

世界がどんなに私を優しく見つめても

私の心に届かなかった

 

濁ったベールをかけられた花嫁は

黒い涙を流しながら

本物の愛を探し続け

どこにもないと毎日泣いた

 

春はもうすぐそこに

やってきているというのに

庭の小鳥たちは楽しげに

歌っているのに

 

どれだけ長いこと眠りについた

眠り姫は目を覚ます

どれだけ長いこと氷の世界に

住んでいても又目を覚ます時

 

太陽の眩しさに眼を細め

夢から覚めたように世界は

私を待っていた

待たせた私を咎めることもなく

 

春が来ていたすぐそこまで

ベールの隙間から声が聴こえた

小さな喜び小さな微笑み

花嫁のベールはもういらない

 

祝福の時、世界は笑った

小さな喜びのブーケを運んで

みんなが私に向かって投げた

 

花のいい香りと歓声が耳にこだました

急に目の前が輝いて

世界は笑っていた

 

 

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春はもう来ている。そこまで。

何か問題があったり悩んでいたり

何かに執着してしまっていつも頭の中がそれで占領されてしまっている時には

今ある景色は見ているようで見ていない。

色も匂いも感じていない。

感じるわけには行かない。

感じられれば今ここにいると言うことだ。

悩み、執着に溺れる時はそこにいたい自分が半分は占めているから。

そこから出るには自分から自分の被ったベールを脱ぎ捨てる必要がある。

脱ぐのに抵抗を感じることがあると思う。

でも、必ず脱いでもいいと感じられる時が来る。

そして脱いだ先には今までここにあったものを再確認することになる。

風の匂いや、いつもの道の本当の色合いや景色。

その時、ようやくベールを被ってしまっていた自分に気づくこともあるのだ。

だから、その時が来る事を信じて。

 

 

 

 

 

幻想から目覚めなさい。 詩子の詩480

〜白昼夢〜

 

長い間夢を見ていた

シャボン玉の中で

 

そこは何も聴こえなかった

幻想で固められていた

 

夜空には星が見え

月と太陽は同時に出ていた

 

気づかなかった

 

どこかへ逃げたくて

逃げていたのかもしれない

 

トカゲの尻尾は

切られても切られても

又元通りになるから

同じ形の靴下を左右

別の色で履いてしまった

 

長い間夢の中で

彷徨い歩いた

 

本当は聞こえていたのに

ラジオのスイッチを切った

 

夜空を見上げた時に

月が私に本当の事を教えると言った

 

目の前のベールは落ちた

 

どこへも行かないで

あなたの中に戻りなさい

 

新しい本を開くの

表紙の絵が違く見えた

もうあの本はいらないね

同じ形の違う本だよ

間違えて読んでいただけ

 

ずっと夢を見ていた

長い夢を…

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何かから逃げているうちに

道に迷ってしまう事はないだろうか?

そして、その迷い込んだ場所をあたかも本当の自分の居場所のように思い込む事はないだろうか、

そこは少しの心地よさをくれるかもしれない

だが、いつかそこから出なければならない時が来る。遅かれ早かれ。

一時期はシェルターの役割を持っている場所かもしれないが、そこにいるうちに

本当の場所が見えなくなったり、そこが自分の本当の居場所なんだと思い込んだり。

出たいと思っても出口がわからなくなったり

出たくないと思ってしまったり…

そういう事ってないですか?

 

我に帰る

現実に帰る

地に足をつける

真実を知る

 

いつかは戻らなければならない

自分の足で立ち、自分の目で見て

自分の肌で感じ取る。

 

もしその感覚を忘れてしまったというのなら

先ずは自分と対話してください。

説得でもなく、まずは言い分を聞いてあげてください。

1番の親友になって、夜が明けるまで。

あなたに話すあなたは自分が話していく間に気づくでしょう。

目の前のベールが剥がれ落ち。

夜空には月だけがあり、靴下も左右同じものをつけるものだと気づくでしょう。

 

 

 

 

 

 

種を撒き収穫をする事が目的ではない。詩子の詩479

〜ある朝〜

 

朝日がキレイだ

わたしの固まった土に

日が当たった

 

朝日が私に囁いた

今がその時と

 

長い間共に生きた

この土は何べんも耕したさ

 

表面をふわふわに

まるで寝心地良いい

ベットのように柔らかくする

 

無理な力は加えてはいけない

土が偏るから

 

ずっと耕してきたつもりだが

まだ奥に何かある

硬い、木の根みたいなものだ

これは厄介だ

 

でも、焦ることはない

私の土の中にあるものは

私の手で優しく

耕してあげよう

 

時には手伝いを呼ぼう

いくら私の土でも

手に負えない物もあるかもしれない

 

そして、その木の根のような

硬いものを

取ったことのある友人が

見つかるかもしれない

 

そういう時は素直に

手を貸してくれないか?と

頼むことにしよう

 

今日は朝日がキレイだから

この私の土をふわふわに

奥の方の木の根にも取り掛かる

ことにしよう

 

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どんな生き方をしても構わない。

心の奥深くまで考えながら生きる人もいれば

そんなことまでいちいち考えない人もいる。

人それぞれ。

だけど、これからの時代はそうはいかない。

多くの情報の中でどれが本物か、どれをチョイスして生きるか、それは自分が決めていかなければならない。

みんなが右を向いたから右だという時代は終わり

どちらに行くのも自由だ。

自分自身で選びながら生きられる。

その自分の感性というのはこうやって心の奥を探ったり、見つめたりする事が必要になってくる。

 

今までは表面上の土を耕すだけでみんなと同じ、当たり障りのない作物を作るのに必死だったかも知れない。

今、ベクトルは外へ向かうのではなく中に向かう時が来た。

深く掘り進め、何があるのかを見つけ、時には助けを借り耕して行く。

その過程で大きな収穫がある。

柔軟性のある鷹揚な温かな土(自分)が育つ。

その土に種を撒き収穫するのが目的ではない。

耕す過程を味わい、耕すほどに自分を知り

自分を知った分、他者がわかるようになるという仕組みになっている。

 

そこには理屈はない

あるのは体験のみ。

頭ではなく五感で感じ取り育ってゆく。

 

私達は自然の一部だということを思い出す。

 

 

 

大切なのは知ること。詩子の詩478

〜春は来る〜

 

今日あなたは笑ってますか?

陽の光は届いてますか?

 

何かを求め過ぎていませんか?

誰かにもっと愛してと

求めていませんか?

 

春は来る

春は来る

あなたの涙が乾く前

春が来て

春が来て

あなたは笑顔を見せるだろう

 

昨日夜空に輝いた

月が教えてくれました

 

月の満ち欠けを見て

誰も悲しみはしないのだと

 

春が来る

春が来る

あなたが瞳(め)を閉じている間に

春は来た

春は来た

満ちている月が又欠けてゆく

 

心の中であなたと話す

本当の気持ち教えてと

誰に咎められても

私だけはあなたの味方だと

 

振り返ってもいいよ

後ろを向いてもいいよ

満ちた月が又欠けるように

あなたも又三日月に

なっても雲に隠れても

又春は来るから

 

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例えば月が満ちて、そこから又かけ始めても

誰も悲しみはしない。

咎められることもない。

 

例えばどれだけ混沌とした気持ちを抱えていても春は来る必ず来る。

 

私たちも同じです。

自然の森羅万象と何ら変わりはないのです。

 

今日は心がすっきりとしている。

心がふくよかになってやさしい気持ちで余裕がある。

ある日は又元通りに。

雲がかかったようになる。

それは当たり前のこと。

 

月が満ちては欠けてゆくと同じ。

冬が去って春が来る、そして又季節は移りゆく

それと同じだ。

 

大切なのは私達はそういうものだと

知っていることだ。

 

もう春がすぐそこに。

あなたは春の日を浴びて芽吹き出すだろう。

 

 


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自分との対話で誤解を解く方法。詩子の詩477

 

〜君の本〜

 


ねぇ、君の

大切な本見せてくれないか

 

何が書いてあるの?

いつも大切に抱えて

 

その中身は君も

読んだことがあるのかい?

 

ちゃんと…

読んだこと、あるかい?

 

人に優しくしたいって

人の話をよく聴いてあげたいって

優しい君は言ったね

 

君の抱えた本の表紙に

悲しそうな目をした子がいる

 

本の中身はなんて言っている?

笑っているのかい?

それとも

泣いているのかい?

 

今夜一緒に

もう一度読んでみないか?

君の本を

 

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今日は満月。

スノームーンというそうだ。

私達は実は自分自身を知っているようで知らない

自分の中から湧いてくる感情を全てそのままに受け取っていると、実はとんでもない誤解をしていることがある。

自分の感情を正直に素直に受け取るとは限らないからだ。

人に対する思いでも、自分に対する思いでも。

例えば怒りがあったとして、本当に怒っているのだろうか?

その下にある本当の気持ちは別にないだろうか?

本当の気持ちを隠して怒ってないであろうか?

本当の気持ちというのは多くは自分が一番みたくない感情です。

ひがみ、妬み、比較、見下し、劣等感、優越感

自分が見たくない感情は見ないまま

表面上だけ見ていることが多くあるんです。

本当の気持ちを知りたくないのです。

その気持ちを持ってはいけないと自分が思っているのです。

私は強い、だから寂しいなんて思っていないと言って認めたくないんです。

そうなると、本当の自分というのはなかなか理解することもできない。

それどころか、距離ができます。

一番身近な存在の自分が、一番遠い存在になります。

多くの生き癖、思い癖、人間関係のパターンはそこに隠れてる。

 

しっかりと対話をして本心を聴いてあげます。

心を静かにし奥の方の気持ちを心で感じとります。

 

本心がわかった時、心は緩みます。

どんなに醜いと感じるような感情でも全て

聴いてあげましょう。

しっかりと聴き切ることができると、心は安らぎます。

自分との対話で自分と仲直りです。

そして今まで無かったような安堵が訪れます。

 

これが自分を愛することと

言ってもいいのではないかと思ったのです。

 


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小さくまとまって生きるなよ。詩子の詩476

〜生まれ変わり〜

 

小さくまとまって

生きるなよって

笑いながら

 

いつもそんな事

言ってたね

 

やっとなんだか

その意味が

分かってきたよ私も

 

背伸びしない

自分サイズで

いいんだよね?

 

大きな海に飛び出した

小さい船はゆらゆらと

心細そうに浮かぶのは

思い込みとつまらない

迷信のせい

どうせならあなたと

溶けてこの海の

一部になってみようかな

 

何も怖いものはない

そんな顔して生きてても

 

心の中はどうかって

開いてみせるわけには

いかないから

 

しがみつきもがいても

糸は絡まるばかり

 

大きな海に飛び出して

小脇の荷物はさようなら

海の底まで落ちていけ

母のように受け入れて

溶けてこの海の

一部になってしまいなよ

 

ぎゅっと握りしめた

その手を離すのは

あなたしか出来ない

 

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春が近寄って来ている。

この時の流れに感謝したい。

全てが流動的であるということは

自分自身がしがみつかなければ

何事も流れる川の如く。

時に私達は自ら自分を苦しめたり解放の道を見つけたりと紆余曲折をして

何か、成長?人生を遊んでいるように見える。

苦しみももがきも遊びだ。

actorになって演じているだけに違いない。

全く何もない平穏な日々の連続

そういうものに憧れは抱くけど、振り返った時にどう思うか。

それはそれで良いけれど、ある程度の起承転結は物語には必須だろう。

その方が読み応えがある。

 

小さくまとまって生きるなよ

 

そういう言葉は昔よく聴いた。

でも、もっと大胆にやりたいことを躊躇なくやって生きろ、そういう意味だけじゃないなと想ったので今日の詩を書いた。

時は流れるのにしがみついている事、過去の事への執着、人への執着など。

そういうものを握りしめていれば当然、縮こまって生きることになる。

そういう執着を手放してこそ、ゼロ地点に戻るのだ。

そこから両手を広げ自由に生きられるということ。

 

昔の兄貴たち(兄貴っぽいセリフだから笑)はそんな深い意味合いでいったのかは謎だけど

今私はそう思う。

 


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自分の心の癖はどこから来るのか?詩子の詩475

〜雪の旅人〜

 

積もる積もる真っ白い

雪は白く降り積もる

 

長い長い道のりを

ただただ歩いてく

 

光は平等に降り注ぐ

受け取るか否かは自由

 

今度いつ会えるの?

明日明日会いたい

 

さすらいの旅人のようだね

明日のことなど何も知らずに

 

愛が欲しいと雪を踏み

愛を求めて歩く旅

 

白い白い雪の華

深く深く埋めていく

 

見たいものとそうでない

物の区別は何もなく

必要なものも何もない

 

今幸せでいますか?

今辛さに埋もれそうですか?

 

今度いつ会えるの?

今すぐに会いたい

触れて温もり感じて

心の底から愛したい

 

白い白い雪お願い

音を全部吸い込んで

いつか出逢うあなたの

息づかいを消さないで

 

積もる積もる真っ白い

雪に包まれて眠ろう

私が私である為に

全ての音を消し去って

 

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苦しみも悲しみも楽しみも嬉しさも

その他大勢の感情というのが同じものだと分かってきた。

感じ方はそれぞれだが。

何かを悟ったようなタイプの人は大きなリアクションが無いのはそのせいだ。

それによっては揺さぶられることが少ないからでしょう。

例えば今日の詩のように、雪が降り積もる中歩く事は気持ちよさそうとかキレイだろうとか思う人もいれば、しんどいだろう寒いだろう不安だろうと思う人もいて

それは自分に置き換えてもそうだ。

その時によっても違うだろう。

何かを求める旅路でも、その目的を達成するまで苦しいと感じるか、楽しいと感じるかも人によってまるで違う。

 

少し話は飛ぶけど

思考の癖、感覚の癖というものがある。

それは生きてきた環境の中で学んでしまったのだ。

その反応しか体も心も知らないからだ。

ただそれだけ。

だから自分に染みついた反応に抗う必要はない。

こびりついた感覚を剥ぎ取ればいい。

それはかさぶたと同じように無理に剥がしてはならない、更にかさぶたが厚くなるから。

 

学んできたものは全て覚えていることはできないはず。

そこに対する想いを外す、執着を外す事なんだけどなかなか出来ないですよね。

だからまずはそれを自分の一部にしましょう。

他の何かと同じような棚に入れておくのです。

特別な棚から下ろしてしまい変えるだけ。

 

棚から下ろす→執着を手放す

違う平凡な方の棚に置き換える→受容

 

頑張らないでいい。

ただそういう事かと思うだけでいい。

 

 


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心の乱れる思考パターン 詩子の詩474

〜飛び立つ鳥〜

 

走ってく

思いっきり

踏み込んで飛び立つ鳥

 

巻き上がる

埃が陽を浴びて

輝いているスローモーション

 

アイデンティティ

無くしてないよ

飛んでいく鳥が言う

探さないで私のことなど

忘れてください

 

鳥は言う

忘れない

忘れられるはずもない

 

巻き上げた

想いは目配せの悪戯

 

その箱の上に積もった

埃は舞い上がる

美しい光と共に

私の心を惑わした

本当のことを教えてよ

 

美しく涙を誘う

惑わす私の心を

胸の奥に引っかかって

取りたくても取れない

 

取らなくてもいいんだ

取らなくても

 

それは魔やかしなんだから

 

思い切り風が吹く

埃は舞う

やっと開くよ

心の声が叫ぶよ

 

久しぶりに会わないか?

幼い頃行った

あの街のあの角で

 

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何だか嫌なことがあったり、不安になったりすると色んな想いや出来事がワサワサと湧いてくることあると思うんですけど

それは本当はまやかしで

その湧いてきたものはいわば無関係。

ただ、関連性はある出来事という事。

長年しまっていて、蓋を開けていない箱

その上に溜まった埃は、その箱の中にある

本来の鍵みたいなものを見えにくくするまやかしです。

私達は人それぞれ思考パターンを持っている。

その箱に到達する前に舞っている埃に目配せされて本当に見たいものを見る前に混乱して

いつも同じパターンを繰り返す。

だから、

それは、まやかしだと言うことを知り

その埃が地面に落ちて落ち着くまで待つのがいい。

心の混乱は落ち着きシンプルになり

落ち着いて対処ができます。

 


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羽生結弦くんに伝えたい。詩子の詩473

 

〜誰も知らない〜


誰も知らない

来る日も来る日も

走り続けて

 

何よりも大切なこと

自分で決めて進んだ道だよ

 

きっと誰も知りはしない

君がどれだけ命を削ったのか

きっと誰も知りはしない

どんなに希望を持ち続けたのか

 

誰も知らない

朝から晩まで

冷たい息を吐き

 

何よりも愛していた

ずっと憧れていたのだから

 

きっと誰もが憧れてた

そこに一番近くて

どうしてももう一度

ずっと諦めたくなかった

誰に何を言われたとしてもね

 

もう少しで届くよ

一番星を手に取って又

微笑む姿をイメージした

 

天と地の違いを一番知っている君に

捧げたい言葉がある

 

愛してやまない冷たい

氷を抱きしめて

溶かしてしまいそうな情熱を

魅せてくれてありがとう

 

君の愛と情熱は

きっと皆んな知ってる

その生き様に心揺れたよ

きっと皆んな知ってる

君の生きた証を

 

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今日はフィギュアを見た。

羽生結弦くんのジャンプが転倒した時は声を上げてガッカリした。

だけど、素敵な演技だったね。

一番良かったのは滑り終わった後のあの表情。

あ〜いうのは今までとんでもない練習量を来る日も来る日もこなして来た人だから出せるのだろう。

言葉がなくても伝わった。

薄っぺらい言葉でここで書けない。

でも、私は涙を流した。

あぁいうものは滲み出てくるものなのだろう。

凄く、清々しい気分になった。

同時に、彼がこの四年の間どんな気持ちで今まで過ごしてそして、自分を鼓舞しながら前に進んできたのだろう、そう感じた。

演技以上のものをもらった気がする。

 

多くの人もきっとその人それぞれの日常に葛藤しながら前に進んでいると思う。

 

なんか、久しぶりに素直になれた。

何かが洗い流されたようだ。

 

羽生結弦くん

どうもありがとう。

 

 


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